比良の山が雪帽子を被った立春から雪から雨になる雨水を過ぎ、虫たちの 這い出す啓蟄、そして春分、清明と陽射しがその強さを増し、桜咲く日々を 迎え、穀雨となり田畑に水が入り込む。さらに、夏の先駆けとしての立夏、 今のこの季節なのである。暖かな陽気の中、かすかに夏の気配が漂い始める頃なのだ。 山あいでは田に水が張られ、田植えが行われる。古代より変わらない日本の原風景 がまだ此処には深く根付いている。また、様々な花の色の季節でもあり、青々とした 緑の葉の季節でもある。そして、その緑にも様々な色合いがあることを知る 季節でもある。 深くやや黒ずんだもの、萌えたての白さが強く光る緑、さらにやや黄色身を帯びた緑、 それらが幾重にも重なり、比良の山並みに変化を与え、夏への旋律を奏でようとしてい る。 人も猫も生きる事への感謝と新しい自分探しの季節でもある。 田には水が満ち、稲の子供たちが一列となって希望の歩みを始めるようだ。 5月初め、近くの天皇神社の春の祭りでもある。 昨日から風に乗って祭囃子の練習の音が聞こえて来るようだ。 その昔は、ゆるゆるとした尺のテンポと小気味よさを伴った太鼓の連打する音が これを聞く人々にもなにか心地よさを与えてくれたのであろう。 石の鳥居から砂利の参道を過ぎ、社殿を見ながら、蒼く萌え立つ榊に囲まれた 桧葺のちんまりした本殿に向かい合う。その横にもいくつかの本殿が鎮座している。 普段は、後背の杉たちに囲まれ、静寂な空気を醸し出しているが、やがてここは 神輿の放つ金色の光りと人々の喧騒の織り成す初夏への旅立ちの場所となる。 我が家の猫たちもピンクの花が敷き詰められた道路を歩いていた。 すでに桜の木には数えるぐらいほどの花びらが残っているのみで若い緑の葉が まだしがみついている花々を追い立てるかのように日に映えて緑色を増している。 猫たちの歩く先にも幾重にも重なったピンクの淡い色が道路一面を覆っている。 既に春の華やかな芳しさは、燃え立つ緑の生命の光景に変わっていた。 目の前を見えてはまた隠れる家々の庭には、紫のワスレナグサをはじめ、黄色、 ピンクなどの小さな花たちに混じって少し背の高いチューリップやウンナンオオバイの これも紫や黄色、ピンクの色合いが猫たちを見ている。上からは既に花を落とした 桜の明るい緑の葉の群れが幾重にも重なってその影を白く光る道路に投げかけている。 季節は立夏という人間の勝手につけた季節になっている。あの暑い夏、身に まとっている毛皮の存在を恨めしく思う夏の到来を告げる季節なのだ。 悠然と構える石の鳥居から3、4百メートルの道の両脇には色々なテントが軒を 並べ、喧騒の渦が周辺を覆っている。焼きとうもろこし、揚げカツ、今川焼き、 たこ焼きなど様々な匂いが集まった人々の織り成す雑多な音とともに一つの 塊りとなってそれぞれの身体に降り注いでいく。 ハッピを着た若者たちが駆け足で神社に向って一斉に押し寄せてくる。 周りの人もそれに合わすかのようにゆるりと横へ流れる。 駆け抜ける若者の顔は汗と照りかえる日差しの中で紅く染め上がり、陽に 照らされた身体からは幾筋もの流れとなって汗が落ちていく。 揚げたソーセージを口にした子どもたち、Tシャツに祭りのロゴをつけた若者、 携帯で写真を撮る女性、さらに、縞模様の裃に白足袋の年寄りたちの ゆるリゆるりとした歩み、いずれもその顔に汗が光り、空気が小刻みに揺れている。 やや広めの道路と様々な彩を発している家々の間を抜けてくる喧騒と艶やかさは、 初夏の彩にあっている。つつじの小さな蕾がその色づいたピンクを緑の中に、 見せ始めるのも立夏の頃である。
2016年5月7日土曜日
志賀、立夏
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿